Neko waiting spring, too, 0:19
- 2016年3月6日
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2016/3/6 0:19

きっと崇高すぎて付いていけない
自分が好きだとか嫌いとか良いと感じるレベルの世界でしかきっと理解できない
それはもったいないしばかなことなのかもしれない
形式ばった語りは生きる感受性にそんなに必要なのだろうか
はたまた私が無知すぎるからなのか、いやきっとそうなんだろう
偉い人の言葉は多義的多面的で凡庸性に欠けていて難しい
知ったような顔をしてみんなが分からない言語を話すことが仕事なら、
私は偉い人にはなれない
うん
誰にでも分かる言葉で、誰にでも分かる方法で、誰にでも分かる美しさを私はつくりたいな、と考える
p.s. 猫も春を待っている
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